削減見込み年9万時間を「1件あたり5分×70万件」と算式ごと公開|東京海上日動の事例
公開 2026-09-18 / 約16分
コンタクトセンター1社でAIが削減すると想定した年間の応対時間(お客様向け 約5万8,000時間+代理店向け 約3万2,000時間を本記事で合算。実績値ではなく2024年度の入電件数にもとづく想定値/東京海上日動 2026年3月4日発表)
約9万時間
出典:自社発表(2026-03-04時点)
- 地域
- 🇯🇵 日本
- 業種
- 金融(損害保険)
- AI化した領域
- コンタクトセンターの応対支援/通話の自動要約と後処理/社内ナレッジの自動更新/AI導入効果の算定方法/営業戦略づくりへの生成AI活用
- 出典の種別
- 決算・年次報告/自社発表/ベンダー事例
大企業のAI導入のニュースリリースは、たいてい「大幅な効率化を実現します」で終わります。東京海上日動火災保険が2026年3月4日に出した発表は、そこが違いました。削減時間の計算式が、そのまま本文に書いてあるのです。
お客様向け 最大約30%、年間約58,000時間(約5分/件×約70万件/年間)
代理店向け 最大約10%、年間約32,000時間(約1.5分/件×約130万件/年間)
そして同じ段落に、「以下の削減効果を想定しております(24年度入電件数に基づき算出)」と書かれています。実績ではなく、過去の件数を使った試算である、と自分で言っている。数字の大きさより、この書き方のほうが真似する価値があります。出典と発表日つきで整理します。
この事例の要点
- 2026年3月より、お客様向け・代理店向けのコンタクトセンター業務にAIを導入。入電から通話中、終話後の管理業務までAIが一貫して支援する態勢をつくった(自社発表・2026年3月4日)
- 対象となる東京海上日動コミュニケーションズは年間約200万件超の入電。ここでの削減想定がお客様向け 最大約30%・年間約5万8,000時間(約5分/件×約70万件)、代理店向け 最大約10%・年間約3万2,000時間(約1.5分/件×約130万件)。本記事で合算すると年間約9万時間になる
- これは実績値ではない。発表文は「削減効果を想定しております(24年度入電件数に基づき算出)」と明記している。発表日は導入開始と同じ2026年3月で、本記事執筆時点(2026年9月18日)では導入後の実績値の公表を確認できていない
- グループのコンタクトセンター全体には年間約700万件の問い合わせがある。今回の試算はそのうち約200万件を扱う1社分であり、全社の数字ではない
- AIを当てたのは1カ所ではなく「応対前・応対中・応対後・ナレッジ管理」の4工程。応対前のIVR(プッシュ操作の自動音声案内)を音声AIに置き換え、応対中は回答案を提示、応対後は要約と記録作成を自動化、さらに応対データから社内ナレッジの下書きを自動生成する(ベンダー発表)
- 同じグループが、AIの限界を自社メディアで書いている。東京海上グループのDeputy CITOは2026年4月2日公開の記事で「試験導入は容易だが本格稼働は難しい」「AIが行った判断の大部分は依然として人間が確認または承認をしています」と述べている
- 営業領域にも手が伸びている。東京海上ホールディングスは2025年9月25日にOpenAIとの戦略的連携を発表し、最初のステップとして全国の営業部店の営業戦略づくりにChatGPTのDeep Researchを使うことを想定していると公表した
どんな会社か
東京海上日動火災保険は、東京海上ホールディングス傘下の国内損害保険会社です(取締役社長 城田宏明氏)。グループは1879年の創業で、統合レポート2025(2025年9月発行)によれば、2024年度の正味収入保険料は5.3兆円(前年比+10%)、修正純利益は1兆2,150億円、日本と世界56の国・地域で事業を展開しています。
ただし、この事例を読むうえで効いてくる規模は売上ではありません。問い合わせの件数です。発表文によれば、同社のコンタクトセンターには、お客様と代理店から年間約700万件の問い合わせが寄せられています。窓口は1つではなく、契約手続き等を担う東京海上日動コミュニケーションズ、事故受付や事故対応を担う東京海上日動安心110番などに分かれています。
今回AIを入れたのは、このうち東京海上日動コミュニケーションズが担うコンタクトセンターです。年間約200万件超の入電があり、グループ全体の問い合わせの3割弱にあたります。
何が課題だったのか
発表文が挙げている課題は2つで、どちらも中小企業の電話対応と地続きです。
1つは人が採れないこと。「コールセンター業界では、お客様からのお問合せに対応するオペレーターの人材確保が課題となっております」と書かれています。
もう1つは覚えることが増え続けること。「商品やサービスの多様化に伴い、オペレーターには従来以上の知識と対応力が求められています」とあり、その結果として「応対品質の均質化」が課題になっている、という組み立てです。
つまり狙いは、人を減らすことではなく応対のばらつきをなくすこととして説明されています。発表文は削減効果の直後に「これらの削減効果により、オペレーターはより専門性の高い領域に注力し、応対品質向上を図ります」と続けており、浮いた時間の行き先まで書いています。
何をAI化したのか
AIを当てたのは会話の最中だけではありません。ベンダー側(PKSHA Technology)の発表によれば、業務を4つの工程に分け、それぞれに別のAIを置いています。
| 工程 | 何をAIにさせたか |
|---|---|
| 応対前 | 従来のIVR(プッシュ操作による自動音声案内)に代わり、音声AIが顧客の自然な発話から用件の把握と本人確認を事前に行い、顧客情報と問い合わせ内容を適切な窓口のオペレーターへ連携する |
| 応対中 | 通話内容をリアルタイムでテキスト化し、AIが質問を自動認識して社内ナレッジから回答案を即時に提示する |
| 応対後 | 通話内容の要約と記録作成を自動化し、後処理業務を効率化する |
| ナレッジ管理 | テキスト化された応対データをもとに、オペレーターの回答からナレッジの下書きを自動作成し、社内ナレッジの更新・拡充を支援する |
導入はPKSHAがAIプロダクトとカスタマイズしたAIソリューションを提供し、CTC(伊藤忠テクノソリューションズ)がプロジェクト全体の管理、システム基盤の構築・運用設計、既存の音声基盤システムとの連携を担当した、と説明されています。全国各地のコンタクトセンターへ同時に導入されました。

注目すべきは、4番目の「ナレッジ管理」です。応対中にAIが回答案を出すには、参照する社内ナレッジが最新でなければなりません。その更新をまた人手でやると、結局そこが詰まる。応対データからナレッジの下書きを自動生成するところまで組み込んだのは、この詰まりを先回りした設計だと読めます。
なぜここまでできたのか
この事例でいちばん学べるのは、技術ではなく効果の書き方です。
発表文は、削減効果を「年間約58,000時間」と言い切らず、分解した要素を全部並べています。1件あたり何分(約5分)、年間何件(約70万件)、どの年度の件数か(2024年度)、何%にあたるか(最大約30%)。かけ算してみると70万件×5分=350万分=約5万8,000時間で、確かに一致します。代理店向けも130万件×1.5分=195万分=約3万2,000時間で合います。読み手が検算できる形で出しているということです。
さらに逆算すると、もう1つ分かることがあります。「約5分/件」が「最大約30%」にあたるなら、お客様向けの1件あたり応対時間はもともと約16〜17分だったことになります(代理店向けは1.5分が約10%なので約15分)。これは本記事による逆算で、同社が公表した数字ではありませんが、分母を書いているからこそ、読み手が自分で確かめられるという点が重要です。
もう1つ、書き方で徹底されているのが期待値の下げ方です。「最大約30%」の「最大」と「約」、そして「想定しております」。同じグループの技術部門トップも、自社メディアで同じ温度の話をしています。東京海上グループのDeputy CITOであるRobert Pick氏は、2026年4月2日公開の記事でこう書いています。
前途は有望なのですが、実際の現場での動きはかなり慎重です。
真のボトルネックはモデルや新しいツールへのアクセスではなく、運用体制の整備にあります。具体的には、ガバナンス、データの準備、セキュリティ、既存システムとの統合、変更管理です。
同氏は、保険業界で実際に価値が出ている使い方として「保険証券や保険金請求書類の要約」「申込書類の受付と振り分け」「顧客向けの連絡文書の作成とチェック」などを挙げ、「こうした活用例は地味ではありますが、横展開がしやすく、規制に触れることなく、処理時間の短縮や間違いの削減、余力の創出を実現できる」と述べています。そして「AIが行った判断の大部分は依然として人間が確認または承認をしています」とも書いています。
コンタクトセンターの取り組みも、まさにこの「地味だが横展開しやすい」カテゴリに収まっています。自社が何をやっているかと、自社が何を語るかが一致している事例です。
なお、営業領域にも広がりつつあります。東京海上ホールディングスは2025年9月25日にOpenAIとの戦略的連携を発表し、最初のステップとして「東京海上日動の全国の営業部店で策定する営業戦略において、ChatGPTのDeep Researchを活用して各地域の人口動態や課題をはじめとした地場情報を自動で収集する」ことを想定していると公表しました。こちらは構想段階で、数値目標は示されていません。
中小企業が真似できる3点
① 効果を「1件あたり◯分 × 年間◯件」の形で先に書く。 東京海上日動がやったのは、結局これだけです。年間何件の電話・メール・見積依頼があるか、1件にいま何分かかっているか、AIを通すと何分減りそうか。この3つが埋まれば削減時間は出ます。逆に、この3つが埋まらないうちは効果を語れません。導入を決める前に、この式を紙に書けるかどうかで判断できます。
② 会話の「前・中・後」に分けて、どこにAIを当てるか決める。 応対中のアシストだけを考えると、たいてい効果が小さく感じます。この事例で効いているのは、用件把握(前)と要約・記録作成(後)です。中小企業でも、問い合わせフォームの内容を自動で分類して担当へ振り分ける(前)、対応後のメモと履歴登録を自動で作る(後)だけなら、今日から試せます。
③ 「最大」「約」「想定」と自分でも書く。 社内でAIの効果を報告するとき、断定すると、翌月に実績が下回った瞬間に取り組み全体の信用が落ちます。売上5兆円規模の会社が公式発表で「最大約30%」「想定しております」と書いているのは、この事故を避けるためだと読めます。期待値を下げて出したほうが、長く続けられます。
当社も、お客様へ効果を示すときは①の形(1件あたりの時間×件数)で出すようにしています。事例の整理も、数字が実績なのか想定なのかを毎回確かめながら続けています。
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- 年間約9万時間は、同社が公表した数字ではありません。発表文にあるのは「約58,000時間」と「約32,000時間」の2つで、合計値は書かれていません。本記事で合算したものです
- すべて実績ではなく想定値です。発表文の原文は「オペレーターの応対時間は以下の削減効果を想定しております(24年度入電件数に基づき算出)」。発表は導入開始と同じ2026年3月で、本記事執筆時点(2026年9月18日)では、導入後の実績値の公表を確認できていません
- 「最大約30%」の「最大」が何を指すかは公表されていません。すべての問い合わせで3割減るという意味なのか、条件が揃った場合の上限値なのかは、発表文からは読み取れません
- 対象は1社分です。試算の対象は東京海上日動コミュニケーションズ(年間約200万件超の入電)で、グループのコンタクトセンター全体(年間約700万件)の数字ではありません。発表文は「他のコンタクトセンターにおいてもAI導入の検討を進め」と、今後の話として書いています
- お客様向け(最大約30%)と代理店向け(最大約10%)で3倍の差がありますが、理由は公表されていません。1件あたりの削減見込みも5分と1.5分で差があります。問い合わせの性質が違うためと推測できますが、発表文に説明はないため、本記事では推測を数字として扱っていません
- 本記事による逆算(1件あたりの応対時間が約16〜17分/約15分)は同社の公表値ではありません。公表された「約5分/件」と「最大約30%」から計算したものです
- 人員削減やコスト削減額は公表されていません。発表文は削減した時間の行き先を「より専門性の高い領域に注力」と書いており、金額換算も示していません
- 工程ごとの仕組みの説明はベンダー側(PKSHA Technology)の発表にもとづきます。導入した製品の提供元による説明であり、第三者の検証を経たものではありません。「国内における先進的な取り組み」という表現もベンダー側のものです
- Deputy CITOの記事に出てくる調査データ(MIT NANDA、McKinsey、Gallup、Accenture、BCG、Celentなど)は、いずれも第三者調査の引用です。本記事では一次ソースを確認していないため、数字としては引用せず、東京海上グループ自身の記述だけを引いています
よくある質問
Q. 東京海上日動は、コンタクトセンターの人をAIに置き換えたのですか?
置き換えたという発表ではありません。発表文は、削減効果の直後に「これらの削減効果により、オペレーターはより専門性の高い領域に注力し、応対品質向上を図ります」と書いており、人員削減の記載はありません。そもそも背景として挙げられているのは「オペレーターの人材確保が課題」であり、人が足りない前提で組まれた取り組みです。将来的にはAIエージェントによる24時間365日の自動応対を目指すとも書かれていますが、こちらは「今後の展望」の項に置かれています。
Q. 中小企業がこの事例から最初に真似すべきことは何ですか?
効果を「1件あたり◯分 × 年間◯件」の式で書くことです。 東京海上日動は年間約70万件の問い合わせに対し1件あたり約5分と置いて約5万8,000時間を出しました。社員数人〜数十人の会社でも、月の問い合わせ件数と1件あたりの所要時間を数えれば同じ式がつくれます。件数が月100件・1件15分の会社なら、AIで1件5分縮められると年間100時間です。この計算ができないうちにツールを選ぶと、導入後に効果を説明できなくなります。
Q. 公表された年間約9万時間という数字は、どこまで信用できますか?
実績ではなく想定値である、と発表元が明記しています。原文は「削減効果を想定しております(24年度入電件数に基づき算出)」で、根拠は2024年度の入電件数です。また、約9万時間という合計値は同社の公表値ではなく、公表された2つの数字(約5万8,000時間・約3万2,000時間)を本記事で足したものです。一方で、1件あたりの分数・年間件数・削減率がすべて開示されているため、読み手が検算できる形にはなっています。公表の質としては高く、確定した成果としては未確認、というのが正確な評価です。
Q. コンタクトセンターのどの工程にAIを入れると効果が出やすいですか?
この事例では、応対前・応対中・応対後・ナレッジ管理の4工程すべてに入れています。東京海上グループのDeputy CITOは自社メディアで、業界を問わず実用面で成功している分野として「大量の文書の要約・統合」「文書の自動取り込みと分類化」「顧客向け案内、報告書、社内文書の草案作成」「業務フローの調整や振り分け」を挙げています。いずれも判断ではなく整理の仕事です。同氏は「AIが行った判断の大部分は依然として人間が確認または承認をしています」とも書いており、最終判断を任せる設計は現実的ではない、という立場を取っています。
Q. AIを導入した会社が「AIは慎重に」と書いているのは矛盾しないのですか?
矛盾ではなく、この事例の読みどころです。東京海上ホールディングスの記事(2026年4月2日公開、執筆時点2026年1月29日)は「『現場の実態』と『願望』を切り分けて考えることが、かつてないほど重要になっています」と書き、「AIによる企業変革が爆発的に起こるのではなく、実際には漸進的に進む」と結んでいます。同じ会社の導入発表が「最大約30%」「想定しております」という控えめな書き方になっているのは、この姿勢と一致しています。大きく見せない会社の数字のほうが、あとで確かめやすいという点で、参考にする価値があります。
出典
- コンタクトセンター領域にAI導入~お客様応対品質の更なる向上へ~(東京海上日動火災保険・2026年3月4日)
- PKSHA、CTCと連携し、東京海上日動のコンタクトセンターの主要業務プロセスにAIを導入、本年3月より運用開始(PKSHA Technology・2026年3月4日)
- 実務における生成AIの現状(Robert Pick/Deputy CITO, Tokio Marine Group・東京海上ホールディングス・2026年4月2日公開)
- 生成AIを活用した業務基盤進化に向けたOpenAIとの戦略的連携について(東京海上ホールディングス・2025年9月25日)
- 統合レポート2025(東京海上ホールディングス ディスクロージャー誌・2025年9月発行)
出典と、その読み方
- 決算・年次報告2025-09-01統合レポート2025(東京海上ホールディングス ディスクロージャー誌・2025年9月発行)
決算・IRの開示資料(監査済みの数値とは限らない)
- 自社発表2026-03-04コンタクトセンター領域にAI導入~お客様応対品質の更なる向上へ~(東京海上日動火災保険)
プレスリリース・自社ブログ等の公表値。前提条件は要確認
- 自社発表2026-04-02実務における生成AIの現状(Robert Pick/Deputy CITO, Tokio Marine Group・東京海上ホールディングス ニュース・ストーリー)
プレスリリース・自社ブログ等の公表値。前提条件は要確認
- 自社発表2025-09-25生成AIを活用した業務基盤進化に向けたOpenAIとの戦略的連携について(東京海上ホールディングス)
プレスリリース・自社ブログ等の公表値。前提条件は要確認
- ベンダー事例2026-03-04PKSHA、CTCと連携し、東京海上日動のコンタクトセンターの主要業務プロセスにAIを導入、本年3月より運用開始(PKSHA Technology)
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