決裁者へのアプローチ|担当者から合意を引き上げる3段【2026年版】
目次
今でも思い出す失注があります。
SFA・CRMのエンタープライズ営業をしていたころ、ある会社で担当者にも部長にも「すごくいいね」と言ってもらえた案件がありました。最後に経営層へ持っていったとき、こちらは営業の入力がどれだけ楽になるかの話を続けました。競合は違いました。財務・経理のデータと営業の数字をつなげて、粗利まで経営が毎日見られるという話をしていました。
結果を聞いたとき、正直「そりゃ負けるよな」と思いました。決裁者には会えていたのです。負けたのは、決裁者に担当者向けの話をしていたからでした。
この記事では、担当者から入った商談を決裁者の合意まで運ぶ順番を、勝った案件と負けた案件の両方から整理します。後半では、層ごとの資料を手作業ではなくAIで全商談に用意する方法も書きます。
この記事の要点
- 「決裁者のアポが取れないから受注できない」は半分しか正しくない。担当者から入っても、層ごとに話を変えれば合意は上へ運べる
- 担当者・部長・経営層は欲しいものがまったく違う。担当者は「入力が増えないこと」、部長は「営業会議で見たい数字」、経営層は「粗利と利益が見えること」
- 担当者には売り込まず、今のやり方の限界を一緒に確かめる。限界を自分で実感した担当者が、部長を紹介してくれる
- 稟議は結果待ちにしない。組織図で誰を押さえるかを決め、比較の軸も先に渡して、会議を「確認の場」にしてから臨む
- 層ごとの資料は手で作ると大型案件にしか用意できない。当社では上申用の1枚サマリーと費用対効果表を30分→1分で作り、全商談に付けている
「決裁者に会えない」は、失注理由の半分でしかない
結論から書くと、決裁者に会えないこと自体より、会えた後に何を話すかと、会えないときに誰が何を持って上へ行くかのほうが受注を左右します。
当時の私の受注率は、商談から受注までで15%でした。比較サイト経由の温度の低い問い合わせや、担当者レベルのアポから入る商談が中心で、社内の周りは8%前後でした。1契約は100〜200ID、月額100万〜300万円で2〜3年の契約です。決裁者がいきなり出てくる商談はほとんどありません。担当者から入るのが前提の営業でした。
その中でいちばん多かった失注は、冒頭の「経営層に効率化の話をして負けた」型ではなく、もっと手前のものでした。
| よくある失注 | 起きていること | 打ち手 |
|---|---|---|
| 担当者はOK、部長で止まった | 担当者が自分の言葉で上申できなかった | 担当者が見せるだけで済む資料・動画をこちらが用意する |
| 部長はOK、経営層で負けた | 経営層に現場向けの話をした | 経営の数字(粗利・利益)につながる話に組み替える |
| 稟議で比較され、落ちた | 比較の軸を相手任せにした | 比較表の軸を先にこちらから渡す |
3つとも「決裁者に会えなかった」ではありません。層を上がるたびに、話を変えられなかったのが共通点です。
3つの層は、欲しいものがまったく違う
担当者・部長・経営層は、同じ導入の話を聞いていても、頭の中で計算しているものが違います。ここを1枚の提案書で済ませようとすると、どこかの層で必ず止まります。

| 層 | よく出る本音 | 響く提案 |
|---|---|---|
| 担当者 | 「経営のために入力させられている。自分には得がない」 | 入力の手間を極限まで減らす提案(他のサービスとの自動連携、名刺の読み取り、手書きメモを撮るだけで登録) |
| 部長 | 「現場が入力してくれず、情報が上がってこない」 | 「現場が入力する仕組みを作れば、営業会議でこの数字が出ます」というレポートの見本 |
| 経営層 | 「営業成績だけでは経営判断ができない」 | 経理・財務の数字と営業の情報をつなげ、粗利・営業利益まで今の状態が見える画面 |
同じSFAでも、担当者にとっては「入力が減る道具」、部長にとっては「会議が回る道具」、経営層にとっては「利益が見える道具」です。商品は1つでも、提案は3つ要ると考えるのが出発点です。
担当者:売り込まず、今のやり方の限界を一緒に確かめる
担当者の段では、売ろうとしないほうが早く進みます。
ある大手企業の案件では、相手はすでに大手のSFAを入れていましたが、部署に合わせた設定がされておらず、現場では使われていませんでした。代わりにスプレッドシートで案件を管理していて、それも限界が来ていました。
ここで私がしたのは、自社のツールの説明ではなく、スプレッドシートの改善の手伝いです。「スプレッドシートでもここまではできます」という範囲を一緒に作りました。そのうえで、
- 案件ごとに次の一手(Next Action)を設定して、漏れなく追いかけること
- 案件の状況に応じて変わる粗利を分析すること
この2つはスプレッドシートでは難しい、ということを担当者自身に作業の中で実感してもらいました。
こちらが「限界です」と言うのと、担当者が自分で「これは無理だ」と気づくのとでは、上申のときの熱量がまるで違います。この担当者が、自分から部長を紹介してくれました。
部長:営業会議で見たい数字を、先に仮で見せる
部長の段で効くのは、機能の説明ではなく営業会議の画面の見本です。
この案件の部長は、過去にSFAを入れて「現場が入力してくれない」「現場から反発が出た」という苦い経験をしていました。導入の話をしても、まず警戒されます。そこで、3つの順で進めました。
- 他のサービスとの自動連携で、現場の入力を増やさない形を示す
- 基幹システムや経理系のサービス、社内で作ったツールとつなげられるかを、各部署に聞いて回って把握する
- 「営業会議で出したい数字」を聞き取り、仮のダッシュボードを作って見せる
営業会議で本来見たい数字は、だいたい次の順です。流入経路ごとのリード数 → 経路ごとの商談化率と商談数 → 受注率(できれば経路ごと)→ 前週比・前月比・前年比の傾向 → 悪くなっている所に打ち手を置く。ここまで分解して会議ができている組織は、実際にはほとんどありません。
だからこそ「本来やりたかった営業会議を、この画面で回せます」が部長にいちばん響きます。この案件では、ここで部長の合意が取れました。数字の見せ方そのものは、営業KPIダッシュボードをAIで作るで詳しく書いています。
経営層:効率化の話をした商談で、負けた
経営層の段は、冒頭の失注そのものです。ここは当社(私)が実際に落とした場所なので、失敗のほうから書きます。
あのとき私は、部長まで通った勢いで、同じ「現場の入力が楽になる・会議が回る」という話を経営層にもしました。経営層は、営業の効率には大きな関心がありません。その投資で利益の見え方がどう変わるかを聞いています。競合はそこに答え、私は答えていませんでした。
この失注から変えたことは1つです。経営層向けには、営業の数字だけでなく、経理・財務の数字とつないで粗利・営業利益まで見える状態を描いてから会うようにしました。営業の改善を「売上」で止めず、「利益」まで延ばして話す、ということです。
読者の方が使える形に直すと、こうなります。
- 経営層に会う前に、提案の効果を「粗利」か「営業利益」のどちらかで1行にできるかを確かめる
- できないなら、その日はまだ経営層に会う準備ができていない
稟議を「結果待ち」にしない|組織図と比較の軸を先に
稟議は「通るか通らないか」を待つ場ではありません。会議に出る前に、通る状態を作っておくものです。
これは先輩から教わったことです。先輩は顧客の組織図を持っていて、どんな派閥があるか、どの部長・役員が過去のプロジェクトで成功して発言力を持っているかまで把握していました。その地図をもとに「次はこの人の合意を取る」と順に押さえていき、経営会議は「絶対に通る」状態で臨んでいました。
先ほどの大手の案件で、私も同じことをやりました。

- キーパーソンを決める:営業マネージャー・取締役・執行役員の中で、誰を押さえれば決まるのかを見極める
- 人に合わせて話し方を変える:数字で判断する取締役には数字で、5年後の姿で動く社長には将来像で話す。時間をかけて信頼関係を作った取締役もいました
- 比較の軸を先に渡す:大企業なので、経営会議では他社比較が必要でした。その比較表を、こちらで先に作って渡しました。どの軸で比べるかを相手任せにしないためです
最後の点は誤解されやすいので補足します。比較表に事実と違うことは書きません。決めるのは「何で比べるか」の軸です。私たちが強い軸(この案件なら、既存システムとの連携と、現場の入力を増やさない設計)が、相手の困りごとと一致していれば、その軸で比べることは相手にとっても正しい判断材料になります。
この案件は、経営会議が確認の場になった状態で臨み、そのまま受注しました。
反論:「最初から社長に会いに行けばいいのでは」
もっともな反論です。実際、決裁者に直接会いに行く手段もあり、私も使っていました。
| 経路 | やったこと | 返ってきた反応 |
|---|---|---|
| 秘書宛ての連絡(+手紙) | プレスリリースやIR資料を読み込み、その会社の課題の仮説を1社ずつ手で書いて、秘書宛てに「役員向けにこういう提案を用意している」と送る | 秘書から「ここまで調べていただいたことに感動した」。役員からは「ここまで事前に調べてきてくれたのは初めてだ」 |
| 顧問・紹介パートナー | 約30人のパートナーに、会いたい会社を投げて紹介してもらう(成果報酬) | 決裁者のアポを確実に取れる |
決裁者につながったときの効き目が大きいのは、公開されている事例でも同じです。通話解析ツールの導入事例では、決裁者につながった電話のアポ率が20%から72%に上がったと紹介されています(RevComm MiiTel 導入事例・ツール提供元の公開事例)。
それでも「最初から社長に」を勧めない理由が2つあります。
1つは、会えるのは一部の会社だけだということです。秘書宛ての連絡は1社ずつ手で仮説を書くので数を打てず、紹介は人脈の範囲に限られます。担当者から入る商談のほうが、いつも圧倒的に多い。
もう1つは、私自身がトップダウンで失敗しているからです。上場企業で営業組織のAI化を進めたとき、エンタープライズ営業の癖で「5年後の営業組織から逆算して、こう変えよう」と上から落としました。保守的な組織だったため、一部から反発が出ました。やり直したのは、一人ひとりと1on1で困りごとを聞き、まずその人の困りごとを解決することからです。その延長で広げていった結果、最初に描いた姿には結局たどり着きました。
上から決めてもらっても、現場が動かなければ導入は止まります。決裁者に会える会社でも、担当者と部長の段は省けない、というのが2つの経験からの結論です。
いまはAIで、層ごとの資料を全商談に用意できる
ここまでの打ち手の弱点は、手間がかかりすぎて大型案件にしか使えないことでした。1社ずつ仮説を書き、部長向けの仮のダッシュボードを作り、経営層向けに利益の話を組み直す。手でやると1社に数時間かかります。
今は、この準備の多くをAIが自動で用意します。当社の運用では、カレンダーに商談が入ると、公開情報のリサーチから提案の骨子までが自動で作られて届き、営業は目を通して商談に臨むだけです。

| 層ごとに用意するもの | 手作業 | 当社の実測(自動化後) |
|---|---|---|
| 担当者向け:商談準備(企業リサーチ〜提案骨子) | 30分 | 3分 |
| 部長・経営層向け:稟議・上申用の1枚サマリー+費用対効果表 | 30分 | 1分 |
| 決裁者向け:提案動画1本 | 1時間 | 5分 |
| 担当者が転送するだけの、顧客専用の提案ページ1社分 | 20分 | 1分 |
大事なのは「時間が浮いた」ことではありません。大型案件にしか作れなかった層ごとの資料を、全商談に付けられるようになったことです。担当者がうまく上申できずに止まる商談は、たいてい「資料が用意されなかった残りの商談」です。
決裁者向けの動画と資料の差も、支援先で測っています。同じ内容でも、動画で送ったときの再生率は約60%、資料で送ったときの閲覧率は約30%でした。差は中身ではなく、URLを1本転送すれば隙間時間に見られるかどうか、という共有のしやすさです。専用ページや動画をどう組むかは、フィールドセールスのAI化で詳しく書いています。
一方で、AIに任せられないこともはっきりしています。組織図の中で誰を押さえるか、その人にどう話すかは、人が商談の中で見極めるしかありません。AIが用意するのは、その判断に使う材料と、層ごとの資料の初稿までです。
よくある質問
Q. 担当者が「上には自分から話しておきます」と言ったら、任せていいですか?
任せる前提で、担当者がそのまま見せられる資料を渡してください。担当者は自社の商品の説明が本業ではないので、口頭で伝えると要点が落ちます。上申用の1枚サマリーか、転送するだけで見られる専用ページと短い動画を用意して「これを見せてください」と頼むと、担当者の負担も減ります。
Q. 部長に会えないまま、担当者だけで止まっています。どうすればいいですか?
担当者に売り込むのをやめて、今のやり方の限界を一緒に確かめる作業に切り替えてみてください。スプレッドシートや今のツールで「ここまではできる」「ここから先は難しい」を担当者自身が実感すると、上に話を持っていく理由が担当者の側にできます。部長の紹介は、その結果としてついてきます。
Q. 経営層向けの「利益の話」が思いつきません。
提案の効果を、受注率・商談数・単価のどれが動くのかから考えて、それが粗利にどう効くかを1行にしてみてください。たとえば「受注率が上がれば、同じ営業人数で粗利が増える」のように、営業の数字と利益の数字を1本の線でつなぎます。効果を時間削減で語るのをやめる考え方は、営業のAI化は「時間削減」でなく「率」で語るにまとめています。
Q. 比較表の軸を先に渡すのは、相手を誘導していることになりませんか?
比較表に事実と違うことを書けば、それは誘導です。決めるのは何で比べるかの軸で、その軸が相手の困りごとと一致していることが条件です。相手の困りごとと関係のない、自社だけが強い軸を持ち込むと、稟議の場で他の役員に見抜かれて逆効果になります。
Q. 小さな会社で、社長がすべて決める場合も同じですか?
層が少ないぶん、段は短くなります。ただ、社長が決めても使うのは現場です。担当者の段(入力を増やさない・今のやり方の限界を確かめる)だけは省かないほうが、導入後に止まりません。
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執筆・監修:佐々木 優希(上場企業 営業統括 兼 AI責任者)
スタートアップでトップセールスとして営業組織の立ち上げに携わり、SFA・CRMのエンタープライズ営業マネージャーを経て、上場企業で営業統括とAI責任者を兼任。営業・マーケティング組織へのAI実装を現場側から手がけ、現在は中小企業向けにAI導入支援を提供しています。