「AIに聞かせる」より「AIに読ませる」|商談準備をAI化する順番
目次
「明日この会社と商談なんですが、どう提案したらいいですか」——AIにそう聞いて、返ってきた文章をそのまま閉じた経験はないでしょうか。
書いてあることは間違っていません。ただ、その会社の話になっていない。人手不足です、DXが進んでいます、営業の生産性向上が課題です。どの会社に当てはめても成立する文章が出てきます。
原因は能力ではなく順番です。AIに「聞いて」いるからです。商談準備でAIが効くのは、こちらが材料を渡して「読ませた」ときだけです。
この記事の要点
- AIに判断を聞くと一般論が返る。手元の材料を読ませて構造化させると、その会社の話になる。順番が逆だと、どんなツールを使っても結果は変わらない
- 商談準備のAI化は4段階。①読ませる ②一枚にまとめさせる ③商談で聞くことを絞る ④仮説は人が確定する。②と③の間を飛ばすと、準備は速くなるのに商談は良くならない
- 準備が速くなること自体は成果ではない。「調べれば分かること」を商談で聞かなくなることが成果です。空いた時間の使い道を決めていない導入は、時間が浮いたまま終わります
- 当社の実測は商談準備30分→1分、2回目商談の資料90分→10分、商談後の後処理30分→5分。ただし前提は、商談が一定件数あり、出力を確かめる基準が決まっていること
- よく引用される「営業の準備が4時間→15分」は、確認できた出典がすべてツール提供元のページでした。他社の数字は、そのまま自社の目標値にしない
なぜAIに「聞く」と一般論が返ってくるのか
AIへの指示は、大きく2種類に分かれます。
聞かせる指示:「A社への提案の切り口を考えて」「この業界の課題を教えて」
読ませる指示:「このIR資料と採用ページと直近のプレスリリースを読んで、事業の柱・直近の変化・人が足りていない部署を、根拠の一文を添えて書き出して」
前者は、AIが学習した一般知識の中から平均的な答えを取り出す作業です。だから平均的な文章が出ます。しかも厄介なことに、それらしく読める。読めるからそのまま資料に貼ってしまう。
後者は、こちらが渡した材料の中から情報を抜き出して並べ替える作業です。元の資料に書いてあることなので、合っているかどうかを人が確かめられます。
この違いは、単なる好みの問題ではありません。営業の工程をAIに渡せるかどうかの線引きそのものです。詳しくは営業のどこまでAIに任せられるのかにまとめましたが、判定はシンプルで、出てきたものの正誤を後から確かめられる工程だけが任せられます。「この会社にどう提案すべきか」は確かめようがないので、境界の外側です。
商談準備という言葉でひとまとめにされていますが、中身は「調べる」「まとめる」「何を聞くか決める」「筋を決める」に分かれています。AIに渡せるのは前の2つで、後ろの2つは人が持ちます。
商談準備をAI化する順番

順番はこうです。
① 材料を読ませる
公開情報(会社サイト、採用ページ、プレスリリース、IR資料、業界紙の記事)と、自社が持っている過去データ(同業への提案履歴、失注理由、問い合わせ内容)を渡します。ここで手を抜くと、以降が全部一般論になります。
② 一枚にまとめさせる
事業の柱、直近1年の変化、想定される決裁の構造、こちらの商材と接点がありそうな業務。この4つを、それぞれ根拠の出どころ付きで書き出させます。出どころを書かせるのは、確かめるためです。
③ 商談で聞くことを絞る
ここが本題です。①②で分かったことは、商談で聞く必要がありません。残った「調べても分からないこと」だけを、5〜7個の質問にします。
④ 提案の筋は人が確定する
どの課題を主筋にするか、どこまで踏み込むか、価格をどう置くか。ここはAIに決めさせません。材料は全部AIが揃えていますが、決めるのは人です。
この4つのうち、多くの記事が①②までしか書きません。ですが準備が速くなるだけなら、商談の中身は1ミリも変わりません。③があって初めて、商談の時間の使い方が変わります。
ステップ①:何を読ませるか
材料の一覧を置きます。特別なものは使っていません。
| 材料 | どこから | 読ませて出させるもの | 確かめ方 |
|---|---|---|---|
| 会社サイト・サービスページ | 公開 | 事業の柱、主な顧客層 | 元ページを開けば分かる |
| 採用ページ・求人票 | 公開 | 増やそうとしている職種=人が足りていない部署 | 募集要項に書いてある |
| プレスリリース・ニュース | 公開 | 直近1年の変化(新拠点・新商品・提携) | 発表日つきで確認できる |
| IR資料・中期経営計画 | 上場企業のみ | 経営の重点テーマ、数値目標 | 資料のページ番号で確認 |
| 同業への過去提案・失注理由 | 自社 | 刺さった論点、外した論点 | 自社の記録と突き合わせ |
| 過去の問い合わせ内容 | 自社 | この業界が最初に不安がる点 | 実際の文面と突き合わせ |
下の2行が効きます。公開情報だけなら競合も同じものを読めますが、自社の失注理由は自社しか持っていません。「同業のB社は、この論点で他社に決めた」という一行があると、質問の精度が変わります。
なお、AIが調べてきた会社情報はそこそこの頻度で間違います。設立年がずれる、統合前の旧社名の情報を混ぜる、同名の別会社を拾う。だから②で出どころを書かせます。出どころのない行は、商談で口に出さないというだけの運用です。
ステップ③:質問を5〜7個に絞る
準備の成果物は、資料ではなく質問です。
調べれば分かることを商談で聞くと、相手の時間を使って自分の宿題を済ませていることになります。「御社の事業内容を教えてください」から始まる商談が、いまだに多い。それは相手にとってすでに答えたことのある質問です。
①②を通すと、聞くべきことが自然と減ります。残るのはこういう質問です。
- 公開情報では分からない、社内の優先順位(今期いちばん困っているのはどこか)
- 過去に何を試して、なぜやめたか
- 決める人が誰で、何をもって良しとするか
- 「もし仮に」この課題が消えたら、次に何をしたいか
質問が7個を超えるときは、たいてい①②の読み込みが足りていません。逆に3個を切るときは、調べただけで分かった気になっている可能性があります。
顧客側から見た変化は「同じことを二度聞かれない」です。地味ですが、営業に対する評価はここで決まります。相手はこちらの準備時間を知りませんが、質問の中身は必ず見ています。
どこまで短くなるのか(当社の実測)

当社と支援先で測っている数字です。
| 工程 | 前 | 後 |
|---|---|---|
| 商談準備(調べる・まとめる) | 30分 | 1分 |
| 2回目商談の提案資料(初稿まで) | 90分 | 10分 |
| 商談後の後処理(議事録・記録・お礼) | 30分 | 5分 |
数字だけ見ると劇的ですが、短くなったのは「調べて組み立てる作業」の部分だけです。質問を決める時間と、提案の筋を決める時間は減っていません。むしろそこに時間を寄せるための組み替えです。
そして、この数字がそのまま他社で出るわけではありません。前提は3つあります。①対象の商談が毎週一定件数ある ②業種や商材の型がある程度決まっている ③出力を確かめる基準が決まっている。月に数件しか商談がなく、案件ごとに提案の型が違う会社では、効果は小さくなります。
もうひとつ正直に書いておくと、準備時間を減らしただけの時期は、受注は増えませんでした。浮いた時間が、そのまま別の作業に吸われていたからです。空いた30分を「追いかけきれていない先への連絡」に固定して、ようやく数が動きました。時間を浮かせる工程と、浮いた時間の使い道を決める工程は、別々に設計する必要があります。
同じ構図は導入したツールが使われなくなるときにも起きます。前後の工程を軽くしないまま入力だけ頼むと定着しない、という話はSFAが定着しない本当の理由に書きました。
他社の「4時間→15分」を自社に持ち込む前に
営業のAI活用を調べると、必ずこの数字に行き当たります。「営業の準備が4時間から15分に。年間5,000万ドルの効果」。
出典を辿ってみたことがあります。結果は数字そのものより示唆的でした。
- 同じ「5,000万ドル」が、資料によって「売上に相当」「節約」「削減の見込み」と3通りに書き分けられていました(2024年5月/7月/10月)
- 調査時間の短縮についても2つの説明があり、役員は「4時間→15分」、現場の担当者は「1〜2日が1時間程度」と述べています
- そして、今回確認できた出典はいずれもツール提供元(マイクロソフト)が公開しているページでした
誰かが嘘をついている話ではありません。社内の説明が外に出て、引用され、要約されるうちに意味が変わっていく、ごく普通の現象です(詳細はルーメンの事例にまとめています)。
持ち帰るべき点は3つです。①「営業準備」がAIの効果の出やすい工程であること自体は、複数の事例で一貫している ②自社では売上ではなく時間だけを先に測る ③社内で他社事例を使うときは「これは提供元の資料に載っている、同社役員の説明です」と出典の種別を添える。添えるだけで、後から「本当か」と蒸し返される展開が減ります。
先に業務を書き出した会社の型
順番の話で参考になるのが、日清食品グループがIRの場で公開している資料です(執行役員CIOのIRイベント資料・2024年3月14日)。

同社は営業領域で、AIを使う対象業務を32件洗い出してから着手しています。分類は4つです。
| 分類 | 業務の例 |
|---|---|
| 商談準備 | 得意先の経営課題の要約、小売の経営課題調査、ターゲット設定、インサイト調査 |
| 作業 | プレゼン資料の骨子作成、トークスクリプト作成、資料の要約 |
| 会議 | 議事録作成、商談内容の要約と打ち手提案、目標進捗の報告 |
| 能力開発 | 商談ロールプレイング、プレゼンのアジェンダ評価 |
部門ごとに1か月の型(対象業務の洗い出し → 研修 → 業務ごとの指示文の作成 → 効果算出と経営層への報告)を回し、営業部門の月間利用率は2023年5月の28%から11月の68%まで上がっています。年間の削減見込みは全社で32,591時間、うち営業部門が25,120時間と公表されています。
注目したいのは、「営業をAI化する」ではなく「この32業務でAIを使う」まで降りていることです。粒度がここまで下がっていれば、誰が何をやめるのかが決まります。同社が今後の方針として挙げているのも「AIを利用するかどうかの判断を個々に委ねない」業務プロセスの確立でした。
商談準備から手をつけるのが定石なのは、この一覧を見ても分かります。件数が多く、成果物を人がその場で確認でき、間違えても社外に責任が発生しない。最初の工程として、これ以上の条件は揃いません。
まとめ
- AIに判断を聞かない。手元の材料を読ませて構造化させる。順番が逆だと一般論しか出ない
- 準備の成果物は資料ではなく質問5〜7個。「調べれば分かること」を商談で聞かなくなることが成果
- 提案の筋と価格は人が決める。ここを渡すと、確かめようのない出力を確かめずに出すことになる
- 当社の実測は30分→1分。ただし件数・型・確認基準という前提つき。他社の数字は目標値にしない
- 浮いた時間の使い道を先に決める。決めないと、時間が浮いたまま終わる
よくある質問
Q. 商談準備のAI化は、どのツールから始めればいいですか?
いま社内で使えている生成AIで足ります。新しいツールを選ぶところから始めると、選定で1か月使って着手が遅れます。まずは公開情報を貼り付けて「事業の柱・直近1年の変化・人が足りていない部署を、根拠の一文つきで書き出して」と指示するだけで、商談準備の初稿は出ます。専用の仕組みが要るのは、これを毎日・複数人で回す段階からです。
Q. AIが調べた会社情報が間違っていたら、どうすればいいですか?
間違う前提で運用します。具体的には、出力の各行に出どころを書かせて、出どころのない行は商談で口に出さないというルールにするだけです。設立年や社名の取り違えは実際に起きます。特に社名が似た別会社、統合前の旧法人の情報、数年前の役員名は混ざりやすいので、商談で使う数字と固有名詞だけは元ページで確かめてください。
Q. 「30分→1分」は、うちの会社でも出ますか?
そのままは出ません。この数字は、商談が毎週一定件数あり、提案の型が決まっていて、出力を確かめる基準がある前提のものです。商談が月に数件で、案件ごとに提案の中身が変わる会社では、短縮幅は小さくなります。判断するなら、まず直近1か月で商談準備に何回・何分使ったかを数えてください。件数が少なければ、先に手をつけるべき工程は別にあります。
Q. 準備が速くなっても、受注が増えなければ意味がないのでは?
その通りで、時間短縮だけでは増えません。当社も、浮いた時間が別の作業に吸われて何も変わらない時期がありました。効いたのは、浮いた時間の行き先を先に1つだけ決めたときです。追いかけきれていない先への連絡でも、失注先の掘り起こしでも構いませんが、複数決めると結局どれもやりません。準備のAI化とセットで、行き先を1つ決めてください。
Q. これを毎回まわす仕組みは、自社で作れますか?
作れます。ただし、手作業で20〜30件回してからのほうが失敗しません。手で回すと「毎回このページを見に行っている」「この項目はいつも書き直している」が溜まります。それがそのまま指示の作り込みどころになります。最初から完成形の仕組みを狙うと、誰も使わない立派な手順書ができます。仕組み化に外部を使うかどうかは、手作業の型が見えてから判断すれば十分です。
Q. 商談準備より先に、議事録や資料作成をAI化したほうがよくないですか?
どちらでも構いませんが、判断基準は「件数の多さ」と「確認のしやすさ」です。商談件数が多い組織なら準備から、商談後の記録が滞っている組織なら議事録からで問題ありません。順番より重要なのは、対象業務を先に書き出すことです。日清食品グループが営業領域で32業務を洗い出してから着手しているのは、この順番を決めるためだと読めます。
御社の場合にどの工程から手をつけるべきかは、商談の件数と体制で変わります。30分の無料AI業務診断では、営業・マーケ業務を棚卸しして「どの工程をAIに渡せるか」「浮いた時間をどこに戻すか」をA4一枚にまとめてお渡ししています。売り込みはしません。診断書はそのまま社内の判断材料としてお使いください。
ai-remote-worker.com/shindan 無料AI業務診断(30分) 御社の業務を棚卸しし、AIに渡せる業務と削減インパクトをA4一枚の診断書にまとめてお渡しします。参考
- 日清食品グループ「生成AI活用の取り組み」(執行役員CIO グループ情報責任者・IRイベント資料/2024年3月14日):PDF
- 各社の公表値は当サイトの世界のAI活用事例集に、出典URLと発表日つきでまとめています
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執筆・監修:佐々木 優希(上場企業 営業統括 兼 AI責任者)
某有名SFA・CRM企業でエンタープライズ営業マネージャーとして大手企業への導入を推進。スタートアップではトップセールスとして営業数名から200名規模へのスケールを牽引し、現在は上場企業で営業統括とAI責任者を兼任。売る側・導入する側・AIを入れる側の3つの立場から、営業・マーケティングのAI実装を支援しています。