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営業のどこまでAIに任せられるのか|工程ごとに、研究と実例で線を引く

佐々木 優希

佐々木 優希

上場企業 営業統括 & AI責任者

13分で読めます

目次
  1. この記事の要点
  2. 「どこまで」に一般論の答えがない理由
  3. 研究が示した事実:境界はギザギザで、外側では成績が下がる
  4. だから工程を2つの問いで分類する
  5. 誰が使うかでも、効果は変わる
  6. 実例でも同じ構図になっている
  7. 当社の実測
  8. まとめ
  9. よくある質問
  10. 参考文献

「営業のどこまでAIに任せられますか」——商談でいちばん多い質問です。

検索すると「初回対応はAIが95点、クロージングは人間が95点」のような点数表が出てきます。ただ、その点数の出どころが書かれていない。誰がどう測ったのかが分からない数字で自社の投資判断はできません。

この記事では、査読を通った研究と、企業が自ら公表した一次資料だけを使って線を引きます。結論から言うと、境界は業種や役職では決まらず、工程の性質で決まります。そして境界の外でAIを使うと、使わないより成績が下がります。

この記事の要点

  • BCGのコンサルタント758名を対象にした事前登録型の実験で、AIが得意な範囲(フロンティア)の内側では品質が40%以上向上、一方外側では正答率が19ポイント低下した。悪化の理由は能力不足ではなく「AIを信じすぎたこと
  • 境界はギザギザ(jagged)で、難易度が似て見えるタスクでも内と外に分かれる。直感では判定できない
  • だから工程ごとに2つを問う。①成果物の正誤を後から確かめられるか ②間違ったとき責任を負うのは誰か。両方クリアする工程だけが「任せられる」
  • 誰が使うかでも効果が変わる。サポート担当5,172名の実験では平均+15%だが、新人は+34%、熟練者はほぼ変化なし
  • 実例でも同じ構図。問い合わせの3分の2をAIが処理した企業がその後に人を戻し、通信会社のCEOは「AIに直接取って代わられた職務はない」と述べつつ人員は削減している
  • 当社の実測では、境界の内側にある工程(商談準備・議事録)で30分→1分/30分→実質0分。境界の外にある工程は、いまも人がやっている

「どこまで」に一般論の答えがない理由

まず前提を揃えます。「営業」はひとつの仕事ではありません。

リストを作る、相手を調べる、初回の連絡文を書く、ヒアリングする、資料を作る、見積を出す、条件を交渉する、契約を結ぶ、議事録を残す、社内に共有する——性質のまったく違う十数個の工程の束です。

だから「営業はAIに置き換わるか」という問いには答えが出ません。工程ごとに分けて考えるしかない。ここまでは、たいていの記事も同じことを言います。

問題はその先の線引きの根拠です。点数表は誰が付けたのか。ここに研究があります。

研究が示した事実:境界はギザギザで、外側では成績が下がる

ハーバード・ビジネススクールなどの研究チームがボストン・コンサルティング・グループと共同で行った実験があります(Organization Science, 2025ワーキングペーパー全文)。

758名のコンサルタント(同社の担当者レベルの約7%)を、AIを使わない群・使う群・使い方の説明を受けて使う群にランダムに振り分けた、事前登録型の実験です。

AIが得意な範囲の内側と外側で結果が正反対になることを示す図。内側では完了タスクが12.2%増・25.1%速く・品質は40%以上向上、外側では正答率が19ポイント低下
AIが得意な範囲の内側と外側で結果が正反対になることを示す図。内側では完了タスクが12.2%増・25.1%速く・品質は40%以上向上、外側では正答率が19ポイント低下

結果は、範囲の内と外で正反対でした。

AIが得意な範囲の内側(現実的なコンサルティング業務18種)では、AIを使った側が完了したタスクが12.2%多く、25.1%速く、品質は40%以上高いという結果でした。しかも成績の低かった層は自分のスコアを43%伸ばし、高かった層も17%伸ばしています。

範囲の外側に選ばれた課題では、逆になりました。AIを使った側は、使わなかった側より正答率が19ポイント低い。具体的には、AIなしの群は84.5%正解したのに対し、AIを使った2つの群は60%と70%でした。

研究チームはこの領域を「ギザギザのフロンティア(jagged technological frontier)」と呼んでいます。AIが得意なタスクと苦手なタスクの境界は滑らかな線ではなく、難易度が似て見えるものでも内と外に分かれる。だから直感では判定できません。

そして悪化の理由が重要です。論文は、範囲の外では人がAIに頼りすぎて間違いを犯しやすくなったと述べています。AIが不正確な答えを返し、それを人が検証せずに通してしまう。「AIが下手」ではなく「人が疑わなくなる」のが問題なのです。

営業に置き換えると、これはそのまま危険な話です。AIが出した見積の根拠、AIが要約した顧客の要望、AIが書いた提案の前提——どれも、それらしく読めます。それらしく読めるからこそ、確かめずに出してしまう。

だから工程を2つの問いで分類する

境界が直感で分からないなら、判定を仕組みにするしかありません。当社が使っている問いは2つです。

工程ごとの判定手順。①成果物の正誤を後から確かめられるか ②間違ったとき責任を負うのは誰か。両方クリアした工程だけ「任せられる」(AIが下書き・人が確定)
工程ごとの判定手順。①成果物の正誤を後から確かめられるか ②間違ったとき責任を負うのは誰か。両方クリアした工程だけ「任せられる」(AIが下書き・人が確定)

① 成果物の正誤を、後から確かめられるか

確かめられる工程は任せられます。会社概要の抜き出し、議事録の要約、資料の初稿、メール文面の下書き。どれも出てきたものを見れば合っているか分かる。逆に「この提案は筋がいいか」は答え合わせができません。

② 間違ったとき、責任を負うのは誰か

見積の金額、納期の約束、契約条件。これらは間違ったときに会社が責任を負います。責任が発生する工程は、AIが下書きを作っても最終的に人が確定する設計にしないと、事故が起きたときに誰も止められません。

この2つで営業の工程を分けると、こうなります。

工程正誤の確認責任判定
顧客の公開情報を調べてまとめるできる発生しない任せられる
商談前の想定質問リストを作るできる発生しない任せられる
提案資料・メール文面の初稿できる発生しない任せられる(人が確定)
商談の議事録・決定事項の抽出できる発生しない任せられる
CRMへの記録・入力できる発生しない任せられる
どの顧客を優先するかの判断難しい発生する人が決める(材料はAI)
見積金額・条件の確定できる発生する人が確定する
価格交渉・条件のすり合わせ難しい発生する人がやる
信頼関係の構築・クロージング難しい発生する人がやる

表の上半分は「量が多くて、答え合わせができる」工程です。ここは研究の言うフロンティアの内側にあたり、実際に成果が出ます。下半分は技術の問題ではなく責任の問題として人に残ります。仮にAIの精度が上がっても、責任の所在は自動では移りません。

誰が使うかでも、効果は変わる

もうひとつ、導入の順番を左右する研究があります。

サポート担当5,172名を対象にした実験で、AIアシスタントを使えるようにしたところ、1時間あたりの解決件数が平均15%向上しました(Quarterly Journal of Economics, 2025)。

ただし、その内訳が重要です。新人・スキルの低い層は34%向上した一方、経験豊富で成績の高い層にはほとんど効果がありませんでした。

つまりAIは、熟練者のやり方を新人が使える形にして配る装置として効いています。トップの人をさらに速くするものではありません。

ここから導入の順番が決まります。「まずベテランに使わせて効果を検証する」という進め方は、いちばん効果が出ない層で検証していることになります。実際、社員の53%しか日常的にAIを使っていないと年次報告で公表した通信会社もあります(ドイツテレコム 年次報告2025)。3万人にプロンプト研修を実施したうえでの数字です。

導入した後に「使われない」まま止まる構図は、AIに限りません。SFAが定着しない現場でも同じことが起きています(SFAが定着しない本当の理由)。

実例でも同じ構図になっている

研究だけでは腹落ちしないので、企業が自ら公表した数字を並べます。

問い合わせ対応で「戻した」例。 ある決済会社はAIアシスタントが1か月で230万件・全チャットの3分の2を処理し、フルタイム700人分に相当すると公表しました。ところがその後、人を戻す方向に舵を切っていますクラルナの事例)。量は処理できても、質の面で線を越えていたということです。

「AIが職を奪った」と会社自身が言っていない例。 記者から「失われた雇用のうちAIによるものはどれくらいか」と問われた通信会社のCEOは、割合を示さず「今日の時点で、AIに直接取って代わられたと言える職務はない」と述べました。一方で同社は営業費用を削減し、職務も減らしています(テルストラ 2026年度上期決算説明会の書き起こし)。効率化とAIと人員の関係は、会社自身も切り分けられていません。

工程を書き出してから着手した例。 ある食品メーカーは、営業領域でAIを使う業務を32件洗い出してからプロジェクトを始めました。商談準備・作業・会議・能力開発の4分類です(日清食品グループ CIOのIRイベント資料)。「営業をAI化する」ではなく「この32業務でAIを使う」まで降りている点が、成果の出た理由だと考えられます。

当社の実測

自社と支援先で測っている数字も置きます。いずれも上の表の「任せられる」側にある工程です。

当社の実測値。商談準備は30分から1分、商談後の議事録は30分から実質0分、2回目の提案資料は90分から10分(初稿まで)
当社の実測値。商談準備は30分から1分、商談後の議事録は30分から実質0分、2回目の提案資料は90分から10分(初稿まで)
工程
商談準備(リサーチ・戦略設計)30分1分
商談後の議事録30分実質0分
2回目商談の提案資料90分10分

積み上げると、営業・マーケの担当者1人あたり月43時間以上が売る時間に戻ります(時間は目安です)。

一方で、価格交渉と最終提案の意思決定は、いまも人がやっています。そこを自動化していないから、上の数字を出せているという順序です。

まとめ

  • 「営業のどこまで」に一般論の答えはない。工程ごとに2つを問う(正誤を確かめられるか/責任を負うのは誰か)
  • 境界はギザギザで直感では分からない。外側でAIを使うと、使わないより成績が下がる(正答率-19ポイント)
  • 悪化の原因は人が疑わなくなること。だから「AIが下書き、人が確定」の形を崩さない
  • 効果が最大なのは新人(+34%)。ベテランで検証すると効果が見えない
  • まず業務を書き出す。「営業をAI化する」では動かない

よくある質問

Q. どの工程から手をつけるのが失敗しませんか?

「件数が多くて、答え合わせが一目でできる」工程からです。商談前のリサーチ、議事録、資料の初稿あたりが該当します。逆に、いきなり提案の中身や見積の妥当性をAIに判断させると、境界の外に入ります。日清食品グループが営業領域で対象業務を32件洗い出してから着手したのは、この順番を先に決めるためだと読めます。

Q. AIの出力を毎回確認するなら、結局時間は減らないのでは?

減ります。減り方が違うだけです。ゼロから書く30分と、出てきたものを読んで直す5分では、同じ「人がやる時間」でも中身が違います。当社の商談準備が30分から1分になっているのも、人がやめたのは「調べて組み立てる作業」であって「中身を見る判断」ではありません。確認をやめた瞬間に、研究が示した正答率-19ポイントの側に落ちます。

Q. 「30分→1分」のような数字は、うちでも出ますか?

そのままは出ません。この数字は、対象の工程が定型で、毎週一定件数あり、出力を確かめる基準が決まっている前提のものです。商談が月に数件しかない、あるいは提案の型が案件ごとに違う場合、効果は小さくなります。工程の件数と型の有無を先に数えてから判断するのが安全です。

Q. ベテラン営業にはAIは効かないということですか?

「効かない」ではなく「差が出にくい」です。サポート担当5,172名の実験では新人が+34%、成績上位層はほぼ変化なしでした。すでに自分の型を持っている人は、AIが渡してくる標準解と大きく変わらないからです。ただし検証の順番としては重要で、ベテランに試させて「大して変わらない」と結論を出すと、いちばん効く層を見ずに判断することになります。

Q. 議事録や商談準備の自動化は、自社でもできますか?

できます。市販のAI議事録ツールを入れて、決定事項とネクストアクションだけ抜き出す形にすれば、初日から動きます。ただし、手作業で20〜30件回して「どこを直したくなるか」を溜めてからのほうが失敗しません。直したくなる箇所が、そのまま指示の作り込みどころになるからです。最初から完成形を狙うと、誰も読まない議事録が自動で増えます。

Q. 境界の外に踏み込んでいることに、どうやって気づけますか?

「出てきたものを、確かめずに社外へ出せてしまうか」で判別できます。確かめる手段がない成果物(この提案は刺さるか、この価格は妥当か)は、その時点で外側です。研究が示した悪化の原因は、AIの精度ではなく人が疑わなくなることでした。確認の手順が設計に入っていない工程は、精度に関係なく外側だと考えたほうが安全です。

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参考文献

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執筆・監修:佐々木 優希(上場企業 営業統括 兼 AI責任者)

某有名SFA・CRM企業でエンタープライズ営業マネージャーとして大手企業への導入を推進。スタートアップではトップセールスとして営業数名から200名規模へのスケールを牽引し、現在は上場企業で営業統括とAI責任者を兼任。売る側・導入する側・AIを入れる側の3つの立場から、営業・マーケティングのAI実装を支援しています。

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